サンクトペテルブルグの逆説

この章の最後に、期待値に関して面白い話があるので紹介しておきます。

● 胴元がゆがみのないコインを投げて、 1回目に表が出たら、あなたは2ドルもらいゲームは終わる。もし1回目に裏が出たらもう1回コインを投げ、2回目に表が出たら、 あなたは4ドルもらい、また裏が出たらゲームをつづける。最初から続けて裏が出るたびに賞金は倍になり(2ドル、4ドル、8ドル、16ドル...)、 裏が続く限り次のゲームに進む。はたして、このゲームに参加するために払うべき金額(期待値)はいくらだろうか?
ダニエル・ベルヌーイは著名な数学者ファミリーの一人で、1738年にロシア王立アカデミーでこの問題を提案した。このベルヌーイのゲームは、 参加するためにプレーヤは幾らの期待値を払うべきかという古典的な理論に対する挑戦であり、「サンクトペテルブルクの逆説」として知られている。 実は、このゲームの期待値は無限大である。それぞれの段階で期待できるペイオフは1ドルになる(ペイオフ=1/2n の確率で2nドルなので1回目 =1/2×2ドル、2回目=1/4×4ドル、3回目=1/8×8ドル、...)ので期待値は次のようになる。

期待値=1+1+1+1+....=∞

けれども、このゲームに参加するために、たとえ20ドルでも払いたいと思う人はほとんどいないだろう。ベルヌーイは、 お金の限界効用についての逆説を説明しようと試みたのである。つまり、払ってもよいと思う金額は、その人が持っている資産によって変わる。 ―資産が豊富であればあるほど、払ってもよいと思う金額が増える。―と主張したのである。とはいえ、こうしたベルヌーイの主張は 皆を納得させるものではなかった。そのため、サンクトペテルブルクの逆説は、哲学者や数学者、経済学者たちを2世紀半もの間悩ませ続けているのである。
マイケル.J.モーブッシン「投資の科学」p202
このベルヌーイの問題は、賞金が倍々に増えていくところなどマーチンゲールと似ていますが、文中にあるように、コインの表が出たときに獲得する賞金と出現確率の積和を取ると 次のようになります。

equation1-1

この式中のそれぞれの項は、nが大きくなるにつれて確率がどんなに小さくなっても、賞金もそれに応じて大きくなるので、収束することがありません。常に1となります。 従ってそれぞれの項を足していけば、期待値は無限大になります。
「期待値が無限大なるなんて」競技者にとってこんな有利なことはありませんから、 どんなにゲーム参加費が高くても、参加しようとするかもしれません。 しかし、ほとんどの参加者は参加費に見合った額の賞金を手にすることはないでしょう。なにしろ1/2の確率で2ドルだけなのです。また確率1/4で4ドル、1/8で8ドル、1/16で 16ドルですから、15/16の確率で16ドル以下です。確かに20ドルも参加費を払う気にはなれないでしょう。期待値で考えると莫大な賞金が手に入るゲームなのに、ほとんどの人は 数ドルからよくて数十ドル以下の賞金しかもらえません。これが「サンクトペテルブルクの逆説」と言われるゆえんです。

この話は、ベルヌーイによって「参加費として幾らぐらい支払ってもよいと考えるか」という人間の心理的な感情と満足度の話(感覚量を対数としてモデル化)に発展していくのですが、 「投資の科学」の著者によれば、投資の世界のリターンの分布もこの話のように、標準的なファイナンス理論を前提としたパターンには従わないこと、 また低い確率であっても、とてつもなく高いリターンをもたらす会社(成長株)に対して、いくら払えばよいのかということを考える上で意味があるとしています。

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